皆さん、こんにちは。
私の通っていた大学院では、米国カリフォルニア州のカウンセリング教育と訓練モデルをベースにした、320時間の臨床実習が必須科目となっていました。

この実習ではインテーク、面接、心理検査、グループワークなど、学んだ知識や演習経験をフルに活かすことで、実践力を養っていくというプログラムでした。

この実習期間中は、スーパーバイザーと呼ばれる指導者(教授)に色々なアドバイスをもらいながら実習を進めていくわけですが、当時からこのスーパーバイザーに幾度となく言われ続けてきた言葉がありました。

それが今回のテーマである「(クライアントを)治そうとせず、わかろうとせよ!」という言葉です。

“きみ、退屈だろうなあ”

当時は、この言葉の意味が全く理解できませんでしたが、実習期間中にある少年との出会いを通して、この意味を体験的に理解できました。

あるとき、私の実習先である精神科に、裁判所から非行少年がやってきました。判事が決断を下す前に、心理の専門家に一度みてもらってこいということでやってこられました。

彼は、万引きを繰り返しており、暴力事件も犯している前科のある少年でした。そんな少年の担当に私が抜擢されたというわけです。

スーパーバイザーの言葉を念頭に置きながら、この少年との面接が始まりましたが、少年は椅子に黙って腰かけているだけでした。

もちろん一言も発することなく、沈黙状態が60分間続き、その日の面接は終了となってしまいました。

一言も交わすことなく終了となってしまいましたが、少年のことを理解しようと意識した結果、沈黙状態になったのです。

そして、次の面接予定日に、再び少年がやってきましたが、初回面接同様に沈黙状態が続きました

30分程たったとき、何となく少年の気持ちが理解できたように感じました。

そこで私が「きみ、退屈だろうなぁ」と言ったら、少年が「ハハハ・・・」と笑いました。しかし、残りの30分間はまた沈黙したままでした。

時間がきたので「今日はこれで終わりにしよう」と言って別れましたが、その日のうちに少年の母親がやってきて、「うちの子が良くなりました!」と驚いた様子でお越しになられました。

一見、ドラマのワンシーンの様な話ですが、一体何が起こったのでしょうか。

実は、私の心の中では、「きっと、この少年が何か事件を起こすと、みんなが寄ってたかって、ああしろ、こうしろと言ったに違いない。まして、少年が何も言わなければ、周りはなんとかして何かを言わせようとしただろう」。

だからこそ、私は少年に何かを無理に言わせようとすることは、逆効果になると考えました。

そこで「きみ、退屈だろうなぁ」と、少年の気持ちを理解しようとしたことで、少年にすれば、「この人生で一人でも俺の気持ちの分かるヤツがいる」ことを知って満足したのかもしれません。それが非行から足を洗うキッカケになったんだと思います。

どうしたら相手のこころに入れるか?

この経験を元に、私は日々来談されるクライアントの苦しみや辛さを可能な限り理解するよう心がけています。

たとえ、クライアントが少年のように万引きを繰り返していたとしても、あるいはリストカットや自傷行為で自分を傷つけていたとしても、不登校や引きこもり、親への激しい暴力行為が現れていたとしても、「彼らがそうった行動を取るからには、そうせざるを得ない理由が何かあるんだろうな」という視点をもって日々接しています。

人生の中で、一人でも自分の気持ちを分かる人がいるということが、その人の生きる力の源泉になるんだと信じています。