皆さん、こんにちは。
育児の現場や夫婦関係でよく聞くフレーズですが、
「もっと勉強してほしい!」
「もっとピアノが上達してほしい!」
「もっと友達と上手くやってほしい!」
「もっと強い子になってほしい!」
「もっと優しくなってほしい!」
「もっと思いやりのある子になってほしい!」
「もっとヤル気を出してほしい!」
「もっと普通にいてほしい!」
「もっと、もっと・・・」
きっと、忙しい日常の中で何気なくかけている声なのだと思いますが、これらの「もっと」フレーズを浴び続けると、子どもたちはどう思い、どう育っていくのでしょうか。
「もっと!」=「今のままじゃダメ!」
一見すると応援しているメッセージにも見えますが、使い方を間違えると取り返しのつかないことになりかねません。
「もっと」を期待すると言うのは、裏を返せば「今のままじゃダメだ」ということになります。
こちらはそういう意図をしていなかったとしても、子どもたちは「もっと」の裏のメッセージを受け取ることが多いようです。
つまり、
「もっと勉強してほしい」 = 「あなたはじゅうぶん勉強していない」
「もっとピアノが上達してほしい」 = 「あなたはピアノが上手くない」
「もっと友達と上手くやってほしい」 = 「あなたは友達と付き合うのが下手」
「もっと強い子になってほしい」 = 「あなたは弱い」
「もっと優しくなってほしい」 = 「あなたは優しくない」
「もっと思いやりのある子になってほしい」 = 「あなたは思いやりがない」
「もっとヤル気を出してほしい」 = 「あなたはヤル気がない」
「もっと皆と同じように普通にやってほしい」 = 「あなたは皆と同じじゃない、あなたは普通じゃない」
「もっと、もっと・・・」 = 「あなたは・・・」
もちろん、こんな否定的なメッセージを直接あびせることの影響は言うまでもありませんが、たとえ明言していなくても、こういう否定的な含みのあるメッセージを受け続けていくと、子どもたちは健全な自尊感情を育てることが難しくなってしまい、「自分はダメなんだ」「自分の努力は足りないんだ」という劣等感や自己否定感が強くなってしまいかねません。
こういう感覚は意識の中に刷り込まれていくので、大人になっても払拭することがなかなか難しく、ふとした場面で出てきて、物事や人間関係が上手く行かなくなってしまったりと、長い間苦しむことになってしまうことがあるのです。(☜「根拠のない否定」参照)
せめて家庭の中だけでは・・・
よく見るとこれらのメッセージには、とても抽象的で「上手い、下手、優しい、強い、優しい、じゅうぶん、普通」など、その人の感じ方によって、さじ加減が変わってしまうとても曖昧な言葉が使われています。
子どもからすれば「良くできた!」と感じていることでも、親から見れば「大したことない」なんてことは多々あります。
図工の工作や絵画の自画像なんて、いい例ですね。
親の「それくらいできて当たり前」と子どもの「精一杯」には大きな隔たりがあるのです。
親の価値観の押し付けにならないように注意したいですね。
それを念頭に、日々の声掛けを意識していくと、子どもたちは気持ちがラクです。
大人はついつい周りと比べたり、一般常識と照らし合わせて、「もっと、もっと」とできないところや、不足しているところに目を向けてしまいがちですが、子どもたちはそんなことあまり気にしていません。
できないところや、不足しているところばかりを見て、評価するよりも、できていることや頑張っているところをしっかり受け止めてあげることの方が、子どもたちは何倍も嬉しいのです。
それは、大人も同じことで、人と比べて「もっと、もっと」を求められるよりも、せめて家庭の中くらいでは頑張っていることを評価してもらいたいものですよね。
思春期になれば、自然と周囲が気になりだしますが、それ以前にあまりにも周囲を気にする様子があれば、それは大人の影響が大きいのかもしれません。
相手に求めることから離れられないときは、心に何かわだかまりを抱えていることもあります。
そういう場合は、当相談室へ一度ご相談ください。
一緒に考えていけると思います。
【関連記事:『根拠のない否定と心の病』『親の一言が子供に与える影響』『子どもの褒め方』】
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