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私は常々「母親」という存在の重要性をもっと世間に知ってもらう必要があると信じている臨床家の一人です。

d89fe9bab88fab3fbabfabb8646d097e_s女性は、子どもがこの世に生まれた瞬間に、自動的に「母親」という役職名が付き、研修期間もないまま突然子育てが始まります。もちろん「母親業」という職業があるわけでもありませんし、頑張ったからと言って金銭的報酬や昇進・昇格などは一切ありません。

しかし、母親は無条件にわが子を受け止め、育てていく中で、子どもが成長していく上での基盤を作っていくというとても重要な役割を担っています。

子どもたちは何も返してくれません。一日中与えるだけ与えて、そして彼らは奪うだけ奪っていきます。子どもは一分一秒、次々と一方的に何か要求してきます。考えることも話すことも仕事も人生もみんな邪魔されて・・・。ルールのない小悪魔たちは、やってもやってもきりのない仕事へと母親を追い立てていきます。

そういった意味では、世の母親は、世界で一番大変な仕事をこなしていると思います。この母親業こそ、もっと評価されるべき仕事だと個人的には感じています。ですから、私は相談にお越しになられたお母様には、まず日頃の苦労を充分ねぎらうことを心掛けています。

母親になるということは、ぐっすりと眠れる夜を失うことでもあります。最近の男性には少なくなってきているかもしれませんが、世の夫たちの中には、母親業を「母の喜び」のように錯覚して、妻にだけ子育てを負担させてきた人もいます。中には「子どもの夜泣きがうるさい!仕事で疲れてるんだ!何とかしろ!」と妻に子どもの責任を全て押し付けてしまう夫もいます。

739a6ed80aae8f17d279e71f1d63e0a8_s体調を崩して泣き叫ぶ子どもに気を遣い、周囲の反応におびえた母親が、深夜病院に助けを求めに行けば、看護師に注意されたり、子育てを終えた世代の方々から「子育てなんてこんなもんなのよ!」と一方的に説教され、今までに体験したことのない屈辱感にさらされることさえあります。

このように「母親業」とは、「苦行」という言葉でも言い換えることができるのかもしれません。

この苦行という母親業をこなしていく中で、子どものことを時々愛し、時々憎むことはごく自然なことだと思います。子どものことを「いとおしい」と思うことも、子どもが「邪魔だな~」と思うのも、「憎らしい!」と思うのも、ごくごく「自然な感情」なのです。

虐待を繰り返してしまう母親に多い例は、この自然な感情をどちらか一方に分けて、もう一方の感情を完全に排除しようとします。「子どものことを憎らしいと思う自分は母親失格だ。もっと子どもを可愛く思わなければ!」と、自分を激しく責めたて、気が付いた時には子どもに手が挙がっていたというケースも珍しくありません。

4f07235f1fbc09079d1a232e973dc32b_s本当に「憎らしい」と思う時でも、「かわいらしくてたまらない」と思った時の自分の感情を思い出せるのがふつうの母親です。

最後に私が強調したいことは、育児に伴って母親は子どもに対して、怒りや憎しみ、嫌悪感を向けることがあっても、それはごく“あたりまえ”であるということです。

それだけ大変な仕事(苦行)をこなしているわけですから。

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