皆さん、こんにちは。
今回は、以前コラムに書いた記事『厄介な幼児的万能感』の続編です。
こちらの記事は沢山の反響があり、多くの方が「大人の幼児的万能感」について関心・疑問を持っていることが伝わってきました。
自分に思い当たる節がある方、家族や周囲に似たような人がいるという方、仕事で関わることがあるという方、色々な立場の方が苦しい思いをしたり、その対応に苦慮していることが想像できます。
幼児的万能感が問題に発展する時期
幼児的万能感が原因でトラブルが起こり始める時期は、そのほとんどが学生時代の終わり、または社会に出始める頃です。
年齢でいうと、18歳くらいから20代前半くらいです。
この時期の一番の変化は、親の保護から離れ、自分の人生を歩み始めるということです。
また、独り立ちを迫られる時期でもあります。
この時期に、自分の思うようにいかなかったり、どうにもならない現実と直面した時、これまで挫折体験や壁にぶつかったことのない子どもたちは、その現実に圧倒され、対応することができません。
その結果、周囲との間でトラブルが発生することも少なくありません。
今回はカウンセリングを通して『大人の幼児的万能感が打ち砕かれたケース』をご紹介します。(本人の同意を得た上、個人情報には配慮しています)
幼児的万能感が打ち砕かれたケース 20代女性
Aさん(20代)は2人姉弟の長女。ご両親はお二人とも社会的に地位がある方で、周囲からは一目置かれているご夫婦でした。
両親は仕事以外にも、学校のPTAなどの役員、社会奉仕活動なども進んで引き受けていた為、日々忙しく、Aさんは「親は色々やってくれたけど、私の話を聞いてくれたことはほとんどない」と振り返っていました。
いつしかAさん自身も、無意識のうちに「私の親はこんなにも偉大なんだから、自分もすごいんだ」という幼児的万能感を抱くようになっていきました。
Aさんは高校・大学を無事卒業しましたが、就職した頃から、色々なことが上手く行かないと感じるようになりました。
そのころのAさんが持っていた感覚は、
- 自分の意見・意志・感情が分からない。
- 自分はカメレオン。人に合わせて意見や感情を変えて、キャラクターを演じているだけ。
- 人が怖い。関係が続くようになると、怖くなってきて逃げたくなる。
- 男女関係など利害目的がはっきりしている関係は続けられる。
というものでした。
これらの感覚に苛まれた結果、仕事も続かず、自分で自分を傷つける自傷行為や、親を責めては家で暴れるといった家庭内暴力などの問題が一気に表面化してきたのです。
幼児的万能感というのは、文字通り「幼児的」なので、精神的にも幼く、自分のことが分からず、自我(自分の軸となるのようなもの)も育っていない状態です。
挫折や失敗は宝?
精神的に健全な大人になるためには、ある程度の挫折や壁にぶつかる経験をすることによって、この幼児的万能感が打ち砕かれる必要があるのですが、(←「厄介な幼児的万能感」参照)この状態のまま大人になると、逆に挫折体験がとても難しくなってきます。
なぜなら、はた目には挫折をしているように見えても、本人がそれを認めず、他人のせいにして、その現実を受け入れることができないので、いつまでたっても同じことの繰り返しの中で、そのループから抜け出すことができません。
最初にAさんが当相談室を訪れたのは、ご自身の意思ではなく、家族からのSOSを受けてのことでした。
カウンセリングを続けて行く中で、Aさんは少しずつ問題意識を持てるようになり、「何とかしたい」という気持ちが芽生え始めてきました。
会話を重ねていく中で「親に対する幻想」や「自分に対する幻想」にも気が付くことができるようになり、最終的にこれらを打ち破ることにつながっていきました。
カウンセリングでは「万能感という幻想」を徐々に打ち破るという作業をすると同時に、自分と向き合い、自分というものを知り、自我を育てるという作業も行います。
安定している人は、自我が育っている?
自我が育ってくると、社会性が身に付き、安定して社会に適応する能力が身に付いてきます。
どんな社会であっても、ある程度適応でき、しっかりと自分を保ち、他人を思いやる余裕がある、いわゆる「安定している人たち」は、きちんと自我が育っている人たちのことなのです。
自我が育ってくると、自分らしさが分かるようになり、無理をせず等身大の目標や夢を描けるようになります。また、人からも信頼されるようになり、地に足のついた人生を歩めるようになってきます。
現在Aさんは、仕事も続けられるようになり、安定した人間関係も少しずつ構築できるようになり、何より自分を大切にできるようになってきたことで、結婚も近いようです。
気分の波はありますが、以前に比べて精神的にも大変安定しています。
何より、よく笑うようになり、自分らしく生きていらっしゃいます。
自我を育てるという作業が必要
「自我を育てる」という作業は、本来なら親が20年くらいかけてやる仕事です。
子どもの話を毎日毎日、例え同じ話でも、いくらうんざりしても「聴く」ことで、子どもの心の中にゆっくりゆっくり自我が育ってゆくのです。
あれこれと先走って手を出す必要はなく、「そ~なんだ」「へ~」「それでそれで?」とただ「聴くだけ」でいいんです。
Aさんのようなケースでは、カウンセリングを通して「幻想を打ち破る」という作業と「自我を育てる」という作業を同時進行で行うのですが、これらの作業はとても大変です。
大人になっている分、警戒心や疑心感も強く、まず心を開いてくれるまでに相当な時間がかかります。
心を開いてくれてから、やっと「自分と向き合う」という作業が始まるので、一朝一夕で何とかなるものではありません。
「話を聴く」ことが大切
このように子どもの頃に、親が子どもの「話を聴く」ということが、いかに大切かが理解していただけると思います。
「子どもの話が聞けてなかった」と心当たりのある方は、今からでも決して遅くはありません。
少しでも、お子さんの話に耳を傾け、自我を育ててあげて下さい。
お子さんが、一生懸命に伝えようとしているその気持ちを、是非一緒に感じてみて下さい。
それが、幼児的万能感を打ち破り、健全な大人に育つために親ができる最良の方法だと思います。
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